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March 13, 2005

メディアの行方

時事ネタは好きではないのだが、今回のlivedoorの件はすっきりした。素人が客観的に見てフジサンケイグループのマイナスイメージしか伝わってこなかったからだ。まっ、そんな評論はプロに任せて。。
俺が一番期待しているのはインターネットとラジオの融合だ。テレビはあまり見ないのでどうでも良い、、と言うのは乱暴だが、今時の番組を見ても興味をそそるものがない。逆に、そう言うものはインターネットでいくらでも見つかる。
ではラジオなんてよけい聞かないのでは?と思う方もいるだろうが、本当に聞かない。で、なんでネットと融合?ってことにつながるのだが。
阪神淡路大震災の時に友人が東大阪市に住んでいた。俺は当時名古屋に住んでいて、それでも大きな地震だと感じた。朝になってテレビを見て(当時はネットで画像を垂れ流しにできるほどインフラが整備されていなかった)ことの重大さを知った。当然電話は一日経ってもつながらない。やはり心配だ。。
なにげにメールを送ってみた。笑ってしまうくらいにスムーズに連絡が取れた。電話は非常回線を確保するため内外の通信を交換機で遮断していたらしい。当人に後で確認したら意外と市内通話は可能だったらしい。
んで、なんでメールがスムーズだったかと言うと、インターネットは専用線が様々なルートで様々な業者間を結んでいるため、よっぽどのことがない限り切断されないらしい。なるほど、確かに「インターネット」と言う「もの」が物理的に存在しないのだからあたりまえか。
さて、今はどこの家庭にも専用回線が引かれつつあり、インフラの整備も進んでいる。音楽も写真も動画も、ほとんどのメディアはパソコンのディスクに収めることが可能(手間は有るが)であり、実際に俺も部屋でCDを再生することはなくなった。おかげでアイポは残り500MB程度になってしまったが。
このような時代に、映像をこれ以上奇麗に配信する必要はあるのだろうか?音楽をこれ以上奇麗に記録する必要があるのだろうか?
人間に可聴領域を超えた記録など何の意味も無いわけで、当然可視領域を超えた映像を見て感動などする人はいない。と言うことは、ある一定のところでメディアのハードウェア部分はその発展の限界を迎えることになる。もちろんこれは乱暴な言い方であり、「今わかりうる範囲で考える限り」と言う前提の上でだが。
結局、必要なのはその報道内容であり、少なくともあと数年は運転をしながらテレビを見る技術を人間が取得することは難しい(ハードウェアのサポートが有るとしても)以上、ラジオが消えてなくなることも無い。また制作コストの面から言っても有利だし、なによりラジオの方が物事の描写を丁寧に伝えている。「百聞は一見にしかず」とは言え、一見して判断できる理解力を全ての人間が備えている訳ではない以上、「見ればわかるだろ!」と言うテレビの姿勢より「こうなっているのをご理解いただけましたか?」と言うラジオの方がわかりやすい。テレビでは必要以上の説明をしてくれないからね。
このように考えると「必要な情報を必要な時に得る方法」として、はたしてテレビ業界が単独で生き残る可能性があるのだろうか?そんな可能性など無いことなど自明の理だと思うがいかがなものか。今後のメディアの行方には興味がある。
もっとも、今はいっぱいになりつつあるアイポをどうしようか?の方が重要だが(*_*)

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