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December 04, 2006

でぃーぷ

 今日ののだめカンタービレ、やっぱりここでこの曲を使うか!ってシーンがあった。千秋の過去体験を呼び起こすシーンで、予想通りBGMはアダージョ。
ある意味、はまりすぎのきらいはあるにしても、目頭が熱くなった。
この番組、見れば見るほど、自分の音楽への向き合い方を考えさせられてしまう。きっと今頃は日本の各地でブラームスの1番を聴いてる人がいることだろう。
もちろん、おいらも。指揮はアシュケナージ。。。美しい。

ちなみに、今日の番組で使われた音源はよろしく無いと思った。オーボエとクラのピッチが合ってなくて(わざと?)気持ち悪い。そしてカイ・ドゥーンが聴きにきているシーンをわざわざクローズアップしているにもかかわらず、二楽章のバイオリンソロがカットされてしまっていたこと。ちょっと寂しかったかな。
また、「歌え!」のシーンは四楽章のもう少し早い部分にもってきた方がかっこ良かった気がするけど。

マンフレッド序曲は聞いたこと無いから聴きたかったんだけど、これがはしょられるのは時間の都合で仕方の無かった事だろう。
もう少しだけ文句をつけるなら、オーボーエ協奏曲のソロのロングトーンが少々見え見え。まっ、ドラマだからあそこまで強調する必要があったのかもしれないが。

そんなことを抜きにしても、例の「神様がよんでいるから・・・」のシーンや、「その口やめろ!」のシーンなんかの再現性が素晴らしかった。
今までこれほど感情移入をしてしまったドラマは無い。好きで見てたドラマはあるんだけど、ここまで入り込んでしまうとは。

たぶんそれは、自分自身の音楽に対する姿勢を問われてるような気にさせられるからなのかもしれない。
音楽が好きで、楽器が好きで。でも、なぜか自分自身で境界線を作ってる気がして。だから、自分にとっての千秋を、、例えば素晴らしい音楽を聴いたときなんかは、のだめが千秋の音楽に触れたように、「楽器吹かなきゃ・・・」って思って。
そして、しばらくして楽器を吹く事に満足してしまい、また境界線を引く。ミルヒーが側にいたら、ひっぱたかれそうだ。

そんな音楽に対する不真面目な姿勢が、このドラマに引きつけられる理由なのかもしれない。きっと俺の中にも「のだめ」がいるのだろう。
もしかすると、「のだめ」とは、誰の心にでも存在する「現実逃避」なのかもしれない。だから「今のままではダメ」なのであり、「もっと音楽に正面から向き合う」必要があるのだろう。

もちろん、そんなに深く考える必要なんてないのだろうけど。そこまで音楽が好きでないのであれば・・・

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