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January 30, 2010

新聞の価値2

ほんの少し前に、新聞の価値について色々と考えたことを書きなぐった。
まぁ、どっちかと言うと懐疑的というか、否定的というか。。いえ、別に否定してる訳じゃないけど、新聞の未来に不安を感じるような書き方だったと思う。

その時に新聞を購読する理由として
・社説、論説
・雑誌として幅広い分野を網羅し、丁寧な解説を入れる
・新聞社の行う意義深い文化事業への寄付
が三本の柱と書いた。まぁ、これに関しては今でもそう思ってる。

それとは別に、最近面白いものを発見したので、それも踏まえて再度考えてみようと思った。
発見したものとは「産経新聞」だ。

はぁ??と思う方もいらっしゃると思うが、そこらで売ってる産経新聞のことに間違いは無い。
ただ、これは媒体が「紙」では無いのだ。
まったく知らなかったのだが、iPhone用のアプリで「産経新聞」ってのがあった。何かと言うと、その日の「産経新聞」をダウンロードして見せてくれるソフト。
つまり、今現在、iPhoneさえ持っていれば、「産経新聞」は無料で見ることができる。

これが実に刺激的だった。。

もちろん、無料で見れることは非常に大きい。一ヶ月購読すれば3000円近くするだろう。
しかし、それよりも衝撃的だったのは、そのレイアウトだ。

つまり、表示されるレイアウトが新聞紙そのものなのだ。これは驚いた。
いくら無料とは言え、iPhoneの小さな画面に新聞を表示させるなら、少なくともハイパーテキストで乱しから本文のテキストページへ飛ばすものと考えるのが普通だと思う。
しかし、これはそのまま。まるでPDFそのもの。(本当にPDFかもしれないがw)

それで読みやすいかどうか?だが、実に読みやすい。
これはiPhoneのインターフェースが素晴らしいことも手伝うが、特に読んでいてストレスを感じるものではない。
むしろ、新聞のレイアウトそのままの方がインパクトが強く感じた。

そこで考えたのだが、新聞が凄い部分とは、ニュースのソースを垂れ流すことではなく、そこに「編集」を加えることによる情報伝達のフィルター能力、つまり、まさしく「ソーシャルフィルター能力」に他ならないのでは無いかと。

もちろん、先ほども社説・論説や、ソースに関する解説も価値の一つと書いたが、そもそものソースの表現方法そのものが価値だと言うことだ。

そこで、先日発表されたiPadに戻る訳だが、もしiPadでこの産経新聞が読めるとすれば?
これこそが「紙」を媒体としない新しい「新聞」の価値を発揮する場所では無いだろう。

見慣れた横書きの文字ではなく、縦書きの段組みされた新聞の文字。。その活字の大小や、限られた枠に収めるべく遂行を重ね尽くした文。。
これらがしっかりと伝えられる限り、「紙」と言う媒体では無くなったとしても、新聞そのものは生き残るのでは無いかと。

ちなみに、ペイできるかどうかは別として、個人的にはもし産経新聞が有料化されても、月に1000円程度なら継続してかまわないと感じている。
もちろん、他の新聞社がそれに追従して選択肢が増えれば、またどこを買うかは悩ましいところだが。
ただ、これほどまでの冒険をしてまでも、新しい方向性を模索する産経新聞のチャレンジスピリットは賞賛に値するだろう。

と言うことで、方向性を間違わず、しっかりと未来を見つめることさえできれば、新聞と言うメディアはテレビやラジオよりも長く繁栄するかもしれないと感じた。。

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